東京都豊島区北池袋静かな住宅街に佇む子育て神社

子安稲荷神社 子育て神社として古くから地元の人々に親しまれた子安神社。天正の年より以前から既に現在の地に奉斎されていたといわれています。小さな境内を歩けば、静寂の中に、永く深い歴史を感じられます。

子安稲荷神社について

ご由緒

子安稲荷神社の創建は定かではありませんが、天正の年(1573~ 91)より以前から既に現在の地に奉斎(※1)されていたといわれています。天正の年以降は、徳川氏の家臣・旗本であった斎藤惣左衞門(さいとうそうざえもん)の領地(巣鴨を中心とした一帯)となり、斉藤氏はこの辺りに居を構え領民と親しく交流をし善政をひいたことにより、領民から厚く信頼され ました。また、斎藤氏は神仏への信仰も厚く、日夜領内の安 全を祈ることに怠りがなかったといわれています。

 

※1 奉斎(ほうさい):神仏をつつしんで祀(まつ)ること。

ある日、斎藤惣左衞門が領内を視察しているとき、急に激しい雷雨に見舞われました。斉藤氏が雨宿りをする場所もなく困っていると、森の中から白いひげを蓄えた老人がこちらへ手招きしているのが見えました。

不思議に思いながら、その老人の方へ行くと、斉藤氏は森の中の古い社へ案内されました。やっと雨宿りができると斎藤氏はたいそう喜び、老人に感謝しました。すると老人は「私はこの里の稲荷の使いじゃ。いまの社祠(しゃし)(※2)は朽ち果ててしまい、誰も訪れない。汝が社祠を再建し神の尊厳を取り戻す協力をしてくれれば、領内の五穀豊穣を守り、火難などの災いからも守ってやろう」と告げ、そのまま森の中へ消えていきました。
 斎藤氏はその老人との約束を守り、この土地の鎮護・産土神(うぶすながみ)(※3)と崇め、新しく社殿を建立し、自ら祭事を執り行い奉斎したと記録されています。
 また、正徳 5 年(1715 年)この地一帯に疫病が流行したとき、この神社の霊験により、多くの子どもたちが病から助かったことにより「子安稲荷」と称えられるようになりました。

 

※2 社祠(しゃし):神を祀る殿舎。

※3 産土神(うぶすながみ):生まれた土地を守護する神。近世以降,氏神・鎮守の神と同一視されるようになった。

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